あなたのお仕事について具体的に教えてください。
産婦人科医です。2019年に開院した、横浜のJR桜木町駅前にある不妊治療専門クリニック「メディカルパーク横浜」の院長を務めています。メディカルパーク横浜は、神奈川県を中心に、産婦人科や小児科クリニックを複数運営する医療法人社団桐杏会メディカルパークグループの一員です。また、母校である順天堂大学医学部の客員准教授も務めています。
この仕事を始めたきっかけを教えてください。
大学を卒業後、「これからは高齢者も増えるし、きっと社会に必要とされるだろう」と考え、他大学病院のリハビリテーション科の医師になりました。2年間そこで勤務しましたが、自分が思い描いていた理想と現実が異なる部分も多く、心を病んでしまいました。
そうしたときに母校の産婦人科教授に「うちに来ないか」と声をかけられました。産婦人科医としての専門教育は全く受けていませんでしたし、途中入局でしたので、大学の同期に比べるとキャリアも少なかったのですが。その分大きな期待もかけられず、プレッシャーを感じることもありませんでした。そのときに「『自分がやりたいから、この科に入る』ことが理想とは限らない。結局、居心地がいい仕事や職場が天職になる」と改めて気が付いたのです。
母校で約30年勤務を続け、そのまま教授になるといった道もあったのですが、私に声をかけてくれた教授、ほかの職場に誘ってくれた方など、医師としての私の師匠とも呼べる人たちが皆比較的若くして亡くなってしまいました。そのときに、命のはかなさを知り「本当に自分の好きなことをやろう」と考えたのです。それが。これまで学んできた知識や技術を不妊に悩む方に直接還元することでした。
あなたの強みは何ですか?
おかげさまで、私の専門分野のひとつである腹腔鏡手術に関してはこれまで6500件以上を手がけ、第一人者との評価を受けるようになり、世界的な学会などで講演する機会にもたびたび恵まれました。しかし、そこには私などまだまだ及ぶべくもない、優れた医師や研究者が大勢参加していました。「自分など大したことはない。世界には上には上がいる」という経験をできたことが大きな強みだと思っています。
医師の中には必要以上にプライドを持っている人が少なくありません。それが邪魔をして、知らないことや、わからないことがあっても、「知らない」と素直に口に出せないこともあります。自分よりももっと優秀な人は大勢いると自覚することで、謙虚な気持ちになれますし、誰に対しても素直に接することができます。不妊治療というのは相手のかなりプライベートな部分にまで踏み込みますし、カウンセリング的な側面もありますから、非常に助かっています。
あなたの使命とは何ですか?
日本は皆保険制度で、誰でも気軽に医療機関にかかれることもあり、「何かあれば医師に頼ればいい」と考え、自分の身体のことをあまり気にかけない傾向が見られます。これは性に関することでも同様で、学校などで十分に性教育をしない一方で、ネットなどには性に関する情報があふれているため、性や性行為、妊娠などに関する知識が非常にいびつな人が増えていると実感しています。
最近、性行為に関する両者の合意の有無が重要視されているように、性や性行為は「人権」にも深く関わってきます。それを教えてもらえないのは、人生にとって大きな損失です。誰もが性に対するしっかりとした教育を受ける機会がある社会を構築することが、私の使命と考えています。
その教育の中には、不妊治療に関する知識を学ぶプログラムも必要です。現在、子どもの11人に1人は体外受精によって生まれているほど、不妊治療は身近なものになっています。しかし「不妊治療を受けていることを人に知られたくない」という人がほとんどです。実際に、私のクリニックでも「不妊治療」「産婦人科」などの言葉は外から見えるところには一切掲げていません。不妊治療について、経験者や不妊に悩む人たちがもっとオープンに語れるような社会が理想です。
あなたのこれからの夢を聞かせてください。
大学病院勤務時代はワークライフバランスが著しく崩れていました。1泊4日でヨーロッパに出張し、帰国したその足で診療に入るといった激務ぶりで、身体を壊して死にかけたこともありました。家族との時間を持つこともほとんどできませんでしたので、これからは家族を大切にしたいと思います。まずは、一緒に海外旅行に行くのが夢です。仕事では何度も海外に行きましたが、家族とならこれまでとは全く違った新鮮な気持ちで楽しめると思います。
最後に、夢や目標に向かって新たな一歩を踏み出そうとしている方へ、メッセージをお願いします。
夢を持つことはとても大事ですが、「絶対に○○の仕事に就きたい」など細かすぎる夢ですと、叶えられなくてモヤモヤすることが増えてしまいます。「自分の人生の『軸』を決める」くらいのざっくりとした夢を持つのがちょうどいいと思います。
また、私が好きな言葉に、アメリカの詩人エラ・ウィーラー・ウィルコックスの「船が針路を決めるのは、風ではなく自分が決めた帆の向きである」というものがあります。その人の心の持ちようで、どれだけでも進む先は決められます。人は、何かうまくいかないことがあると、どうしても「他人のせい」「周囲が悪い」と考えてしまいます。しかし、あなたの手で他人の意識や行動を変えることは非常に困難です。何かあったら自分が行動して、自らが最善と思う道を進んでいきましょう。